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目に見えないもの、思いや感じや考えのことをひとまとめにして「心」と呼んでいるけれど、同じ目に見えないものの中でも、動いて変わる部分と、動きも変わりもしない部分とがある。
前者が感情、後者が精神だ。感情は感じるもので、精神は考える物だ。
池田晶子『14歳からの哲学』
人は、「考える」、「自分が思う」とはどういうことかと「考える」ことによって、正しい定規を手に入れることができるんだ。
自分ひとりだけの正しい定規ではなくて、誰にとっても正しい定規、たったひとつの正しい定規だ。
池田晶子『14歳からの哲学』
ここで気をつけてほしいのは、法律はそれを「してはいけない」としているのであって、「悪い」としているわけではないということだ。
なぜなら、法律がいけないとすることが悪いことなのだったら、どうしてそんな法律があるのだろう。
つまり、多くの人はそれを悪いことだと思っていないからだって、これ、わかるかな。
池田晶子『14歳からの哲学』
人がものを考えるために使用している形式、「Aである」とか「AはBである」とか「AがBならばCはDである」などの形式を決めたのはあなたですか?
池田晶子『考える人ー口伝西洋哲学史』
人に嫌われたくない、好かれたいと思うのは、人に認められたいと思うからだ―中略―つまり自分に自信がないからだ、自分に自信がないから、人に認められることで、初めて自分を認められるように思うんだね。
だけど、そんな仕方で人に認められて、それが何だというんだい?
池田晶子『14歳の君へ』
だからこそ人は、肉体が生きているということだけでは何の価値もないと、自分から知っておかなければならないと言っているんだ。
池田晶子『帰ってきたソクラテス』





